島めぐり第5弾 (福岡市西区編)     【能古島】自然探勝路を歩く
【日時】      平成18年6月6日(火)
【参加人員】     56名 
【コース】 姪浜〜能古島〜高取焼 釜跡〜永福寺〜壇一雄旧宅〜白髭(しらひげ)神社〜自然探勝路/思索の森〜壇一雄文学碑〜のこのしまアイランドパーク(昼食)〜志賀島・博多湾をみながら歩く〜能古島キャンプ村〜能古島渡船場〜姪浜

玄界灘・島めぐりとして六月六日(火)「能古島一周の自然探勝路」9kmを総勢56名、天気良好な中ゆっくりと歩きました。能古焼窯跡〜壇一雄旧宅〜五ケ浦廻船の白鬚(しらひげ)神社〜のこのしまアイランドパーク等見所一パイで楽しい一日でした。        (野田 弘信)

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心配した天候も晴れて午前10時には姪浜旅客待合所に集合し、能古島へ出港しました。
能古島・姪浜航路の所要時間は10分で1日片道20便運行されていました。
能古島到着後 早速本日の集合写真、コースの説明を受けて出発!!。
能古焼古窯跡
能古焼古窯跡  長さ22m、幅5m、8室構造の蓮房式登窯 
能古焼は江戸時代中後期に陶磁器を作っていた窯で有田焼系の磁器だそうです 
永福寺
永福寺は禅宗の寺で境内には地元出身の洋画家多々羅義雄の歌碑や昭和21年に能古渡船転覆遭難し28人が亡くなった。その28の御霊を祀っている二八観音などがあります。
壇 一雄 旧宅

能古島と福岡について

壇一雄は、次のように述懐しているとの事です。
「能古島の展望台から四顧すると、私の一生のそれぞれの時期がほとんど一望のうちに、アリアリと見えてくる。南には、青春時代を送った博多の町並みが、横に長く伸びている。西には、律子を死なせた小田の浜が、太郎を肩車にして歩いた長い道がすぐそこに見えています。つまり、能古の山頂から、四方を眺め回すと、私の生涯のほとんど全部の出来事が、はっきりと指差しながら点検できる」能古島に移り住んだ壇一雄は、そこで再婚相手との生活を中心に描いた「火宅の人」を書き上げ、その生涯を終えたそうです。


                    壇一雄


壇 一雄:だん・かずお(1912年2月3日〜1976年1月2日)
小説家、作詞家。私小説や歴史小説、料理の本などで知られまた、西遊記の日本語訳も手掛けています。

白髭神社「しらひげ」

白髭(しらひげ)神社は、能古島の生土神(うぶすながみ=氏神、鎮守の神)で祭神は住吉大神(すみよしのおおかみ)、神功皇后、志賀明神(しがみょうじん)などです。能古島という地名は「神功皇后が住吉の神霊を残した島なので残島(のこのしま)になった」といういわれがあり、この神霊を留めたのが白髭神社だといわれています。境内には「力石」という2個の丸い石があり、昔は若者がこの石で力試しをしたそうです。また、境内には廻船業者により寄進された元禄2(1689)の古い鳥居などが残っています。そして、本殿には龍や笛を吹いている天女などの彫刻がされています。なかなかすばらしい物です。この神社の海岸通りには「龍の宮」というバス停がありました。この神社は別名「龍の宮」と呼ばれているようです。社殿の中には古い写真や絵馬がたくさん奉納されています。正面の大き絵馬は明治29年と書かれていましたが、その左の絵馬(写真の絵馬)はもっと古そうです。ひょっとしたら江戸時代のものかもしれません。また、毎年10月9日に行われる「おくんち」は、福岡市の無形文化財に指定されています。

     龍の彫り物
自然探勝路
能古島の西側住宅地を過ぎたあたりから緩やかなのぼり道の自然探勝路が始まり、ところどころでひんやりした空気がとても気持ちよかった。左手の木々の間から今津湾の眺望を楽しめました。
壇一雄文学碑
山梨県に生まれた壇一雄は、父の転勤に伴い、福岡高等学校を経て東京大学経済学部を卒業します。戦争末期、妻リツ子と生後10か月の長男・太郎を福岡伊崎浦(福岡市西公園近く)に住む母の実家へ預け、報道班員として中国へと赴きました。帰国するとリツ子は結核菌に冒されて病んでいました。リツ子自身の希望によって、糸島郡の西の浦・小田の海辺へと引っ越します。最愛の妻リツ子を亡くした檀一雄は、4歳になった長男と福岡県山門郡の善光寺の屋根裏部屋に身を寄せ、その後「リツ子その愛」「リツ子その死」を書き上げました。「壇一雄文学碑」は、その舞台となった糸島半島が眺望できる場所に建碑されていました。
モガリ笛
   いく夜もがらせ
     花に逢わん
          という辞世の句が刻んであります。
のこのしまアイランドパーク
博多湾に浮かぶ周囲12キロの小さな島の北側に位置する自然公園。ここの特徴は、海を隔てて福岡市を一望できる「眺め」と、一面に広がる「春は水仙、菜の花と桜、秋はコスモスのお花畑」。園内には、博多湾の景色を眺めながらすべる「すべり台」や、木製のソリで一気に斜面をすべる「ソリゲレンデ」、ウサギやヤギにふれあえる小さな「動物園」など子供向け施設のほか、ノスタルジックな町並みを再現した「思い出通り」があります。
アイランドパーク入園後 このパークを創設した奥さんの歓迎挨拶。
人間がもつさまざまな悩み、苦しみを救う六お地蔵さま 思い出通り
明治の町並みを再現した「思い出通り」
50万株のマリンゴールドが見頃でした。ここは春は菜の花と桜、秋はコスモスで博多湾の展望がすばらしいところです。 
午後2時半にはお土産を手にバス組と分かれて能古島渡船場目指して1時間の歩こう会でした。
能古島渡船場 能古島渡船場よりシーサイド百道浜が見えます